これは親戚のKくんの体験談です。
私の従弟にあたる三十代前半のKくんは、一昨年管理会社に転職しました。そこである賃貸マンションの担当になったのですが、どうやら最初から嫌な予感がしていたそうです。
それというのもその五階建て賃貸マンションのゴミ捨て場や駐輪場は荒れており、郵便受けにもパンパンにダイレクトメールが詰まっていたりと、初めて訪れた時から住人の民度の悪さが伝わってきたのでした。
民度の悪い賃貸マンション
案の定と言うべきか、暫くすると問題が発生しました。四階の住人間でトラブルが発生したのです。
トラブルの内容は401号室の住人が出す騒音に、402号室の住人が迷惑しているというもの。付け加えると401号室の住人は三十代の無職男性、402号室の住人は二十代の女性WEBライターだそうです。
402号室の女性が申し立てた苦情曰く、四六時中「ドンッ!」「ガタンッ!」と何かを殴り付けるような音が連続し、深夜には太い絶叫が響き、支離滅裂な独り言がツブツ聞こえて来るのだとか……。
誤解を恐れず言えば、401号室の男性が何らかの精神的な障害を持っているのは明らかでした。そこで401号室の女性は管理会社を通し、苦情を言ってきたのです。
K君は早速401号室の住人に電話を掛けてみましたが、これが全然繋がりません。外出の形跡はさっぱりでないので、わざと無視していると思われます。
二週間後……漸く電話が繋がり、本人に注意することが叶いました。ところがこの男性は「変な言いがかりはよせ、そんなことしてない」の一点張りで、全く自分の非を認めようとしません。
それを402号室の女性に伝えた所、スマホで録音した、証拠の音声を提出されました。「ドンッ、ガタンッ、ゴトンッ……」と確かに聞こえる上、動物の咆哮としか思えない、野太い奇声までしっかり録音されています。
401号室の男性が奇声を上げて暴れているのを確認したK君は、以降「賃貸物件の為生活音に配慮してください」と書いた張り紙をエントランスにしたり、全戸の郵便受けにチラシを投函するなどして問題の解決に取り組みました。
が、騒音被害はエスカレートする一方。遂には402号室の女性への嫌がらせまでも始まりました。
壁の向こうのストーカーと狙われた女性
それは室内ストーキング……俗に室間添随症と呼ばれる行為で、同じタイミングで蛇口や戸、ベランダの窓を開け閉めしたりして、隣人にプレッシャーを与えるものでした。
さらにはベランダを区切る仕切りの下の隙間から、ゴキブリの死骸を放り込まれたりもしました。
もともと在宅ワーク中心で一日中部屋にいた402号室の女性は、この陰湿極まる行為にどんどん追い詰められていきました。彼女も友達の家に泊まったりネットカフェを利用するなどして在宅時間を減らしていましたが、そんな生活を永遠に続けられるわけがありません。
「今の部屋を引き払って次を探そうにも貯金がなくて困ってるんです、地方の実家には帰れないし……」
彼女が過度のストレスから情緒不安定に陥っているのは、時間帯を問わずK君に掛けてくる電話の本数や、連日送り付けてくる大量のメールからまるわかりでした。
もし両方男性なら直接注意をする手もあったのでしょうが、加害者が精神疾患持ちの男性、被害者が若い女性なら、まともに取り合ってもらえる可能性は低いです。最悪暴力をふるわれたり、逆恨みで殺されてしまいかねません。前提として住人トラブルは当事者間での解決を推奨している為、刑事事件にならない限り、もはやK君にはどうにもできないのが現状でした。
首を吊った401の男と消えた402の女
三か月後……このトラブルは思いがけぬ形で決着を迎えました。
悪質な騒音主だった401号室の男性が、腐乱した首吊り死体となり自室で発見されたのです。
男性は死後一週間は経過していました。発見時は酷い有様で、耐え難い悪臭を放っていたそうです。
たまたま角部屋に位置しており、上下の部屋が空いていた為に発見と通報が遅れたとのことでしたが、ここでK君はふと奇妙なことに気付きました。
「この匂い、お隣の402号室の女性は耐えられたのか?」
隣室の女性は当然この悪臭に気付いていたはず。なのになぜ管理会社や警察に異変を知らせなかったのでしょうか?
嫌な胸騒ぎに駆られたK君は、念の為402号室を訪ねてみることにしました。すると部屋の中はがらんとし、女性の私物がすっかり消えていたのです。それは夜逃げの後のような光景でした。
引っ越しの連絡などまるで受けていなかったK君は困惑し、部屋の中をよく調べてみることにしました。
するとさらに妙なことに気付きます。401号室との境の壁に、おしゃれなタペストリーが掛かっていたのです。
そのタペストリーはとても大きなサイズの上複数あり、ほぼ天井から床までを覆っていました。
何故私物を持ち出したのに、このタペストリーだけ放置したのか……。
不思議に思ったK君がタペストリーを取り去った所、おぞましい真実が暴かれました。
タペストリーの下に鏡が貼られていたのです。当然ながら、タペストリーの下に鏡を貼ったのでは意味がありません。しかもその鏡は、表面を全部壁の方に向けて掛けられていたのです。
一個、二個、三個、四個……鏡の枚数を指さし数えていったK君は、背筋が寒くなるのを覚えました。
402号室に残された全ての鏡は、IKEAなどで普通に買える、至ってシンプルなウォールミラーでした。
さっぱりわけがわからないまま、K君は本来の借主に代わり、401号室と402号室の退去手続きを終えました。
鏡のおまじない
後日……仕事が休みの日にその事を思い出した、パソコンの検索窓に「鏡」「おまじない」と打ち込んでみました。
何故「おまじない」と入力したのかは、自分でもハッキリとはわからなかったそうです。402号室の光景に言葉にできない異常なもの、あるいは宗教的な何かを感じたせいかもしれません。
ほどなくトップに出てきたのは、「隣人を追い出す鏡のおまじない」の詳細を記したブログでした。
ブログ曰く、鏡の表面を追い出したい住人がいる方角の壁に向けて掛けておけば、願いが叶ってその人物はいなくなるのだそうです。
ここからは私の推理ですが、401号室の男性が首を吊ったのは、このおまじないが原因ではないでしょうか?
鏡は古来より非常に強力な呪物として崇められてきました。よって扱いには慎重を期さなければいけません。K君が見たブログでも、「絶対に効く」「すぐいなくなる」と繰り返し強調されていたそうです。
女性の職業がWEBライターなら、過去に占いやスピリチュアル関連の記事を書いたことがあり、その関係で鏡のおまじないを知ったとしてもおかしくありません。
あんなにうるさかった401号室が急に静かになった。しかも何かが腐った匂いまで漂ってくる……。
自分が最後に縋ったおまじないが、本当に男を殺してしまったとしたら?
そう考えた彼女が大急ぎで荷物を纏め、警察の追及を恐れて逃げ出したというのは、私の勘繰りすぎでしょうか。部屋を出る際にタペストリーの下の鏡を処分をしていかなかったのは、単純にその暇がなかったのか、触るのさえ怖かったからだと思います。
※画像はイメージです。


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