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あの世とこの世の境界、黄泉平坂とは?古事記の逸話や心霊体験を解説

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皆さんは『古事記』に登場するこの世とあの世の境界、黄泉平坂をご存知ですか?
黄泉平坂は実在の土地でもあり、日本古来の心霊スポットとして、現在も注目を集めています。
今回はそんな黄泉平坂発祥の不可思議な逸話や、心霊体験をご紹介していこうと思います。

目次

黄泉平坂とは?『古事記』『日本書紀』における記述を調査

黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)は『古事記』と『日本書紀』に登場する、由緒正しいあの世とこの世の境界です。『古事記』では「黄泉比良坂」、『日本書紀』では「泉津平坂」もしくは「泉平坂」、『出雲国風土記』では「黄泉之坂」と書かれていました。
黄泉平坂の由来を語る上で、日本最初の夫婦神イザナミとイザナギの話は外せません。
イザナギとイザナミは多くの子を生しましたが、火の神・カグツチの出産がきっかけで、イザナミは陰部に大火傷を負って死んでしまいました。その後イザナミは黄泉の国に下ります。
黄泉の国は別名「根の国」「死者の国」とも呼ばれ、この世とは別の位相に位置付けられています。

最愛の妻を失ったイザナギは嘆き悲しみ、生まれたばかりのカグツチを殺し、後を追いかけていきました。
一緒に戻ろうと陳情する夫に対し、イザナミは「私は黄泉の国の食べ物を口にしてしまったのでもとには戻れません。だけど愛するあなたの為に話し合ってきます。しばらくこちらを見ないでください」と告げます。しかしイザナギは約束を破り、火をもって暗闇を暴き、醜く腐り果てたイザナミを見てしまいました。
イザナミの姿は大変おぞましく、全身に蛆がたかり、頭には大雷が、胸には火雷が、腹には黒雷が爆ぜています。
陰部には析雷、左手には若雷、右手には土雷、左足には鳴雷、右足には伏雷、全部で八種もの雷神が宿っていました。
妻の本性に戦慄したイザナギが逃げ出すや、イザナミは「私に恥をかかせたな!」と怒り狂い、黄泉の国の悪霊たち……予母都志許売(黄泉醜女・ヨモツシコメ)をけしかけます。

イザナキは死に物狂いに逃げる途中、身に付けていた葛(かずら)や櫛、桃の実を投げて時間を稼ぎました。
桃の木には太古より霊力が宿るとされ、魔除けの木として崇められています。雛祭りに桃を飾るのは、桃の枝で厄を祓い、女の子の健やかな成長を祈る名残りでした。
中国では不老長寿をもたらす仙果、神仏に力を授ける果実なので、黄泉醜女の撃退に一役買ったのでしょうね。
最後には十挙剣(トツカノツルギ)で追っ手を薙ぎ払い、千人集わねば抱えられない千引の石を火事場の馬鹿力で動かし、黄泉比良坂を塞ぎます。

黄泉平坂で立ち往生を余儀なくされたイザナミは、「あなたがこんな不義理を働くなら、この世の人間を一日に千人殺すわ」と宣言。これにイザナミは「ならば俺は一日に千五百人生むぞ」と応じ、その後水辺で禊をした際に、アマテラス・ツクヨミ・スサノオの三子が産声を上げました。故に「根の国」は「日本の根となる国」、即ち「日の本の礎」に由来し、島根の語源とも語り継がれているのです。

スサノオの試練に挑む!オオクニヌシとスセリビメの脱出行

根の国は大国主(幼名オオムナヂ)の神話にも登場します。大国主とは国津神の代表格で、日本国を創った神として伝わり、数々の逸話を持っています。
若き日のオオムナヂは旅の途中で根の国に立ち寄ります。そこでスサノオの娘・須勢理毘売命(スセリビメ)に一目惚れ。

二柱はたちまち恋仲になり、スセリビメは「立派な神が来られました」と父に紹介するものの、スサノオは「ただの醜男じゃないか」とオオムナヂを蔑み、蛇がたむろする部屋に泊めます。
スセリビメは「蛇の比礼」をオオムナヂに授け、これを三度振って蛇を追い祓うように告げました。
無事に生還したオオムナヂを見たスサノオは、今度はムカデと蜂がいる部屋で彼を寝させました。するとスセリビメは「呉公と蜂の比礼」を授け、またしても恋人の命を救います。
その後もスサノオは娘と恋人の仲を引き裂かんと、様々な嫌がらせを仕掛けました。

遂に耐えかねたオオムナヂは、スサノオが居眠りした隙に彼の髪を柱に結わえ、大きな石で入口を塞ぎ、スセリビメと駆け落ちしました。スサノオは黄泉比良坂までオオムナヂを追いかけるも、どうしても地上には出られず、「お前がひっさげた大刀と弓矢で謀反を企てる八十神を追い払え。そしてお前が大国主になって、スセリビメを妻に迎え、立派な宮殿を建てて住め」と捨て台詞を吐くのでした。

黄泉平坂の意味とは?「見るなの禁忌」検証

黄泉平坂は島根県松江市東出雲町揖屋に実在し、1940年(昭和15年)に佐藤忠次郎により石碑が建てられました。同地に存在する巨岩は「千引きの磐座」と呼ばれ、観光スポットと化しています。一方1717年(享保2年)に書かれた『雲陽誌』にも黄泉平坂のモデルが挙げられ、そちらでは松江市岩坂の小麻加恵利坂ではないか、と指摘されていました。
他、『出雲国風土記』では出雲の西に黄泉の国の入口があると語られ、島根半島西部の猪ノ目洞窟が有力視されていました。

イザナギの冥界下りは世界中に分布した、「見るなの禁忌」の一形態と考察できます。
冥界下り、または地獄下りとは、神や英雄が生きたまま冥界を訪れ、愛する人を連れ戻そうとする神話のパターン。
ギリシャ神話におけるオルフェウスやペルセポネ、アステカ神話におけるケツァルコアトルのミクトラン訪問が有名ですね。『古事記』以外では坂上田村麻呂の地獄探しのエピソードも面白いです。
黄泉平坂の神話が興味深いのは、冥界「下り」と坂道の傾斜が呼応する点。古今東西の伝説や神話において、冥界は地下に存在するものと定義されています。『古事記』における冥界が「根の国」と呼ばれていること、ペルセポネが地の裂け目に飲み込まれるシーンは、非常に象徴的ですね。

冥界に下る時は坂を下り、現世に戻る際は坂を上る……両者を比べると行きと帰りの労力は段違い。
黄泉平坂を産道のメタファーと見なせば、生まれ出ずる苦しみを示唆しているのかもしれません。
イザナギが道を塞いだ、千引の岩にも注目してください。古神道における巨岩は「磐座(いわくら)」と称され、神が下りる場所として信仰を集めてきました。
生ける神であるイザナギが千人力の巨岩を動かし、死せる神であるイザナミを追い返す筋書きは、あの世とこの世を分かち秩序をもたらす、信仰の力の偉大さを教えてくれます。

冥界は実在する?黄泉平坂で起きた怪現象

黄泉平坂は全国からオカルトマニアが集まる、日本有数の心霊スポットとしても有名です。
入口には神寂びた石柱が二本、鳥居に見立てるかのように聳え、細い注連縄が結ばれています。石柱の先には石造りの台座と石碑が据えられ、苔むした巨岩が裏手に鎮座していました。

イザナギ・イザナミ神話の影響でしょうか、黄泉平坂で振り返った人は早死にすると言われています。また、ここで写真を撮ると高確率でオーブが映り込むそうです。
大人数で肝試しに行った若者が心霊写真を撮り、帰りの車内で腹痛を起こした報告も上がっており、きちんと敬意を払わないと罰が当たるのは否定できません。

黄泉平坂近くの揖夜神社はパワースポット!女性にご利益あり

黄泉平坂の近くに建立された揖夜神社(いやじんじゃ)もパワースポットとして有名。黄泉平坂は伊賦夜坂(いふやさか)とも呼ばれ、この神社も「いふやじんじゃ」の別名で呼ばれています。
主祭神はイザナミノミコト。

参詣者は子孫繁栄・五穀豊穣・家内安全・商売繁盛・恋愛成就などのご利益に授かるとされ、女性を守護する神社として有名。
嘗て夫に裏切られたイザナミが、女性の恋の味方として祭られているのは、なんだか感慨深いですね。

※画像はイメージです。

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