あの人の席

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六月、梅雨の湿気が肌にまとわりつく夜だった。
出張先の大阪で、私は連絡を受けた。

Sさんが亡くなった。 一回り上の、同じ部署の親しい先輩だった。
仕事の合間に冗談を言い合い、飲みにも何度も連れて行ってもらった。 あんなに穏やかな人が。数日前に「また戻ったらな」と笑って送り出してくれたあの顔が、最後になった。

翌朝、ホテルのチェックアウト時にフロントの女性に呼び止められた。
「お客様、お顔が真っ青ですよ。これ、よろしければ」 ミネラルウォーターを渡された。
そして彼女は私の目を見ようとせず、「ずいぶんと『お急ぎ』のご様子ですので。どうか、お気をつけて」というのだ。たぶん親しい先輩が亡くなった事を気にかけてくれたのだろう。

地元に戻り、身内だけの葬儀に参列した。 そこで初めて、Sさんに妻子がいたことを知った。
「独身だ」と笑っていたのは、単身赴任の彼なりの冗談だと思っていた。 だが、死因を聞いて、私の背筋に冷たいものが走った。
一年以上前から宣告されていた末期癌。Sさんは、家族を養う金を一円でも多く遺すため、死の寸前まで病を隠して出勤し続けていた。

「主人は、あなたのことを本当の弟のように話していました」 奥様は涙を浮かべて私に言った。
「あの人なら、僕がいなくなった後を完璧に埋めてくれるだろうって」

斎場の隅で、佐藤さんの同期だった男が、私を避けるような目で見ながら吐き捨てた。
「あいつ、お前が入社してから、仕事ぶりをずっと見守っていたよ。仕事の進め方、全部お前に叩き込んだって喜んでた。」

今も、私は毎日会社に行く。
Sさんがいつも座っていたあの席だけが、ぽっかりと空いている。 なぜか誰も座らない。
いや、同僚たちが私を見る目が、以前とは違う。 「お前、最近佐藤さんに似てきたな」 上司にそう言われた時は、なんだか笑えなかった。

ふと、自分のデスクを見と、Sさんの担当だったはずの古い案件が当たり前のように積まれている。
上司にきくと、今手掛けている案件と同じ内容の仕事なので適任だ、引き継いてくれと頼まれた。仕事量は増えるけれど、大した手間ではないので引き受ける事にした。

そして春がきて、上司が私に言った人事移動があると。
嫌ではなかったので指示に従うと、用意されていたのはSさんの席だった。
それ以来、なんだか体の調子がよくない。
一抹の不安を感じながら、なにも起きなければ良いのだがと願いながら今日も仕事をこなしている。

S伯N人

「奇妙な話を聞かせ続けて・・・」の応募作品です。
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