2025年2月28日、アメリカ大統領ドナルド・トランプと、ウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキーの会談が難航し、両国の関係が危ういものになったという。
間もなく、会談の映像を殴り合いのシーンに作り替えたフェイク動画が、インターネット上にいくつも流れた。
元動画を改変するタイプのフェイク動画は、生成AIにとって得意分野と言えるだろう。
このようなフェイクは、「信じなければ良い」というだけでは済まない、危険性を内包している。
オカルト的な意味の深層意識が汚染される危険性である。
恐怖を和らげるために
オカルトの本義は「恐怖の軽減」である。
人類は社会単位の知識の蓄積によって、「明日」「来季」「来年」に起こる事に関する類推が可能になった。
これは「未来」という概念の発明であり、時間の概念そのものだ。
時間がもたらしたのは、備えによる生活の豊かさと、大きな不安である。
目の前にどんな幸せがあろうとも、明日の不足、冬の訪れ、来年のための種籾などに心を悩ませる。
そして、最悪の未来としての天変地異や、死後の自分に関しても、予測し恐れるようになった。
通常、恐怖は生存を助ける信号だが、過度の恐れは身をすくませ、行動を制限し、生存を脅かす。
これに折り合いを付けるため、人々はとりあえずの解釈をした。これがオカルトであり、神の創造と地続きのものだ。
不定期に訪れる洪水への恐怖を、神の怒りや試練と捉える。その後、肥沃な土がもたらされると気付いた時、人のように神にも「怒る時」「笑う時」の二面性があると考える。
目に見えぬ神やその眷属のせいと考えれば、災害も「理解」ができる。
理解は恐怖の暗闇を大きく照らし、人の足を前に進めさせる。
そういった叡智の蓄積がすなわちオカルトであり、科学はそれを少しずつ既知の「常識」に置き換えていく。
これは、バランスゲームのジェンガのようなもので、オカルトを引き抜き、科学に作り替えて上に積む。相互に作用しながら塔を高くしていくのだ。
当然、雑な置き換えがあれば、塔は崩れてやり直しになる。積み直す手順を覚えていたとしても、時間の浪費は否めない。
「自分は無神論者で、あらゆるオカルトを信じない」と思うなら、自分の行動を振り返ると良い。
あなたは食事の前やトイレの後、手を洗うだろうか。
日本人がこれをする場合、その本質は神道の「禊ぎ」である。
「菌を落としているのだ」と思うだろうか。
だが、本当に菌が落ちるほどしっかり洗っているだろうか。その程度を理解しているだろうか。
「指先を濡らす程度でも洗わないと、何となく汚れている感じがする」これが既に、穢れ思想、オカルトに両脚突っ込んだ感覚なのだ。
これは日本の湿潤で腐敗が起きやすい地域性から来る文化とも言えるが、文化と宗教は不可分だ。
地域差のある不合理を文化と呼び、それを合理と納得させるのは宗教・オカルトの役割だ。
これを認めておく事は、とても大切だ。
何故なら、オカルトに基づく感覚は潜在意識に食い込んでいる事が多く、思わぬ時に表層意識に反乱を起こす。
「キツネ憑き」などのオカルト現象も、表層と深層の差異で生じるため、自覚と行動が乖離する。
このようなものは、お祓いなど、深層心理を納得させるオカルト手法で軽減する事も多い。
見たい物を提供するフェイク
フェイク動画に立ち戻ろう。
何故人々がフェイク動画を観るのか。
あまりにあり得ない、馬鹿馬鹿しいフェイク動画は、一瞬面白く感じてもすぐに飽きる。興味が続くのは、リアリティのあるフェイクだ。
リアリティのあるフェイク動画は、人々が未知の部分を分かりやすく説明する。
「こうではないか」
と思う部分にスッと入って来る。こういうフェイク動画がウケる。
「トランプ大統領が刑務所に収監される」というフェイク動画が流行った事があるが、これも・・・。
「乱暴な物言いの彼なら、そんな事になりそうだ」
「ひょっとしてそんな事もあったのでは」
という見えそうで見えていない未知の部分を埋めたが故に、バズったのだ。
今回の件についても、なるほど会談が決裂はしたらしい。
だが、一体何がどのようにして、互いが決裂したのか、ピンと来ない人にとって、曖昧模糊としたものになる。
世界大戦の引き金になり得る会談だ。
不安は膨らむ。
ここに、殴り合いのフェイク動画を出されれば、決裂が明確になる。
「ともかく仲は決裂したのだな」という「理解」に確信を与え、闇を照らして貰ったような気分になれる。
それがどれだけ絶望的な結末だとしても、未知の闇よりはずっと落ち着く。
これがただ不安を軽減してくれるだけなら良いのだが、フェイク映像は善意だけで作られる訳ではない。
多くの場合、騙そうという悪意、特に世論の誘導という意図が絡む。

深層心理に積もるフェイク
人は、フェイク画像に照らされた不明の闇を、9割バカらしいと笑い飛ばすが、1割は深層心理に受け容れてしまう。
このため、フェイク画像でも見続けていれば、やがて深層心理を埋め尽くしていく。
トランプとゼレンスキーの殴り合いを見慣れてしまえば、アメリカはウクライナと敵対するのだ、という明確なイメージが刷り込まれる。この深層心理の認識は、容易に表層に影響を与える。
例えば、1947年のロズウェル事件以前、UFOすなわち未確認飛行物体と言えば、天使であった。
目撃者は、皆そのように報告した。だが、事件が大々的に取り上げられた1970年代以降、UFOは異星人の宇宙船に成り下がった。
天使を見たと語る者もゼロではなかろうが、圧倒的に少数派になった。
1969年に人類が月面に到達し、今後更なる宇宙開発が進むという時代、人の視線は空に向いた。
星空は元より暗い。そこに誰か潜んでいるのでは、という不安に人は耐えられなかった。
故に、ロズウェル事件はそれを照らすものとして受け容れられた。
深層心理がそれを呑み、認知に影響を与え、UFOを宇宙船と「視認」するようになった。
脳が理解して宇宙船にするのではない。
インスピレーションそのものが、宇宙船と告げてしまうのだ。
フェイクとの付き合い方
今後、どのようなフェイク画像が出た時も、よく考えなければならない。
惹かれた時、それは自分の願う何を照らしたのか。
自分の深層意識は、これによってどの程度バイアスを与えられたのか。
記録に残しておく事で、定量的に深層心理バイアスを客観視できる。そのバイアスを折り込んで思考、行動するなら、フェイク動画の影響を最小限に出来る。
それが億劫と感じる場合、フェイク動画は見ない事だ。
フェイク動画の嘘を見破ろうと観続ければ、深層心理が汚染され、ミイラ取りがミイラになる。
偶発的に目にするのは仕方がないが、フェイク動画や画像と知ったら見るのはやめる、それが多すぎるサイトやドメインからは離れ、ブロックする。
それが現代に、自分を自分として保つ、手軽で冴えたやり方だろう。
追記:
3月20日段階で、トランプ大統領とゼレンスキー大統領は電話会談したという。
トランプ大統領によると「とても良い電話会談だった」とSNSでコメントしているとの事である。
※画像はイメージです。
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