皆さんは東北の伝承、迷い家(まよいが)をご存じですか?柳田國男「遠野物語」にも出てくるこの不思議な屋敷は、山で遭難した人間の前に突如として姿を現し、無欲な者にだけ福を与えるそうです。
今回はそんな迷家の正体に迫っていきます。
迷い家が東北・関東にしか出現しない理由
迷い家の存在が世間に広く知られることになったきっかけは、柳田國男「遠野物語」収録のエピソード。
曰く迷い家とは山奥にある無人の屋敷で、門前には一面紅白の椿が咲き、敷地内には多くの鶏や牛馬が飼われ、土間の火鉢では鉄瓶がしゅんしゅん音を立てているそうです。
迷い家の特徴は必ず無人の家であることと、迷い込んだ人間に条件付きで果報を与えること。
面白いのは迷い家の話が東北・関東に集中している点。関西や九州、四国に同種の民話は見当たりません。山姥が住む家が恐れられることはあれど、主体はあくまで山姥で「家」ではないのです。
これは東日本に標高の高い山が集中していること、東日本の方が気候が寒冷で家の造りが重厚なことと関係しています。
昔から高山で遭難する事例は絶えず、人々はそれを山神の祟り、または神隠しとして恐れてきました。だからこそ山奥に忽然と現れる家は、一層不可思議な印象をもたらします。
温暖な地方の家は通気性を重視し、開放的な造りになっています。視線を遮る壁や梁、襖の数が少ないと、怪異も活動しにくいのではないでしょうか?
迷い家は家そのものが妖怪である
東北地方に伝わる座敷童の話を思い出してください。両者の性質は似通っており、どちらも縁を結んだ人間を幸せにします。主立った違いはその姿形だけで、迷い家が屋敷であるのに対し、座敷童は幼い子供の姿をしています。
日本の付喪神は長い歳月の経った器物が変じた妖怪、逆さ柱は家を建てる際に上下を逆にされた柱の怨霊。ならば家自体が化けて出ることも、十分考えられますね。
周囲に似た家があれば忍者の隠れ里や平家の落人の里の可能性もあるものの、山奥に一軒だけ孤立しているのは不自然。藩主が愛人や隠し子を囲っているにせよ、家を建てるにはまず山林を伐採せねばならず、どうしても痕跡が残ります。
もし迷い家が家の幽霊、あるいは付喪神の一種なら、どんなに贅沢な御馳走が出てきても手を付けないのが正解。
ヨモツへグイの禁忌を犯すのはおすすめしません。
霧が映す蜃気楼、願望充足の夢
より現実的な可能性としては、霧中の蜃気楼や遭難者の幻覚説を推したいです。
ドイツのブロッケン山では「ブロッケンの妖怪」と呼ばれる怪現象が起こります。これは太陽の光が背後から差し込むことで、前方の雲や霧に自分の影が映る現象をさし、昔の人々はブロッケン山には魔物がいると信じていました。ましてや東北の高山となれば、朝夜の寒暖差で霧の発生率が高まります。
仮に山奥で遭難し、衰弱しきった状況で夢を見たとしたら、それを現実と思い込んでしまいかねません。空腹のまま野宿せざるを得ない人間が、立派な屋根付きの家と豪華なお膳を夢で思い描くのは、生存本能が正しく働いた結果ではないでしょうか。


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