歴史に埋もれたロマン「多砲塔戦車」

戦車って言われてどんなものを想像しますか?戦車のイメージといえば平べったい車体に大きい大砲が一つ乗っかったものを連想しますよね。
でも、これ時代によっては間違いなんです。実は昔は沢山大砲を搭載した戦車も存在したんです!!

最初は多砲塔が普通?!

■ ルノーFTUnknown author / Public domain

そもそも戦車の歴史は、第二次世界大戦のイギリスから始まります。昔の戦車の位置づけは「陸上戦艦」つまり海の上の戦艦を陸上で戦うことの出来るようにするとういコンセプトでした。戦艦をみてみると(今は主砲を一門しか搭載していないものが主流ですが)沢山大砲がありますよね。なので最初は沢山大砲を載せて戦っていました。

その後「ルノーFT」と呼ばれる現在の戦車のような一つの車体に一つの主砲というものが開発され注目を浴びますが、それでも多くの国は多砲塔戦車を開発していました。なぜなら、多砲塔戦車は現代のような戦車と比べて主砲がたくさんある分火力が出せるし死角が小さいとされていたらです。

大事なのは、値段だ

■巡航戦車 Mk.IBundesarchiv, Bild 146-1971-042-10 / CC-BY-SA 3.0 / CC BY-SA 3.0 DE

多砲塔戦車が開発されていたのは第二次世界大戦前の1920年代から1930年代です。当時の世界は世界恐慌が起こってしまったこともあり財政難でした(ただし社会主義国であったソビエトは除く)。
そのため工業力が貧弱だった日本や第一次世界大戦の敗戦国であったドイツのような貧乏な国々は多砲塔戦車を試作することはあっても量産することはなく、したとしても少数の生産に留まりました。これには、多砲塔戦車自体が通常の戦車と比べて高価な兵器だったこともあります。

他の国々ではどうだったのでしょうか?戦車の発祥の地であるイギリスは多砲塔戦車「巡航戦車 Mk.I」を125両生産し、正式に配備しました。フランスはいくつかの試作戦車を作りますが、早々ドイツに敗れてしまったこともあり計画な中止されていました。
ですが、そんな中、大量に多砲塔戦車を採用する国が出てきます。ソビエトです。ソビエトは世界恐慌の影響をうけなかったこともあり多砲塔戦車の開発に積極的でした。第二次世界大戦前に「T-28中戦車」を503両も生産し、実践投入します。

実際強かったの?

■T-35重戦車Unknown author / Public domain

結論から言うと、多砲塔戦車はとてつもなく弱いです。カッコいいんですけどね・・・。

まず大砲をたくさん載せると重量が重くなるので速度が落ちて的になりやすい。さらに大きいく目立つので的になりやすい。かといって装甲は重量の関係上薄いのですぐに撃破される。整備しずらいという欠点が露呈しました。しかも高価なので良いところが一つもありませんでした。

それゆえにソビエトが新しい多砲塔戦車「T-35重戦車」を開発したところ、スターリンから「君たちは何故戦車の中に百貨店を作ろうとするのかね」と言われる始末でした。

まとめ

そんなダメダメな多砲塔戦車も戦車開発の過度期に生み出されたもので、当時の国々の試行錯誤の跡をみることが出来ます。
何よりも「たくさん大砲載っけたら強い」ていう考えは結構好きです。そんな歴史に埋もれてしまった多砲塔戦車ですが見た目はカッコいいので是非調べてみてください!

ぱやぱや 失敗兵器、大好きです。

eyecatch source:不明 / Public domain

 

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