「鵺のような」という形容をご存知だろうか?
具体的に言えば、疑惑の政治家などを指して「得体の知れない」とか「底知れない」とか、「薄気味が悪い」といった、どちらかと言えばネガティブな感情を表現する言い回しだ。
それもそのはず、ここに出てくる「鵺」とはズバリ妖怪そのものを指しているからだ。
「鵺」とはなんだろう?
鵺とは、身体のパーツがそれぞれ異なる生き物で形成された異形の者で遭遇者には、病をもたらすという不吉な存在だ。実在する鳥、トラツグミもその鳴き声から鵺、または鵺鳥と呼ばれて薄気味悪がられたが、ここで語るのはあくまで伝説上の妖怪としての「鵺」である。
今現在、もっとも有名な「鵺」と言えば、やはり「平家物語」に登場した怪物だろう。
毎晩のように天皇の住む清涼殿上空に怪しげな黒雲が出現、その中に潜む何者かの不気味な鳴き声によって天皇は精神的に疲弊、ついには病に倒れてしまう。
どんな薬や加持祈祷をもってしても天皇は癒せなかったため、天皇の側近たちは弓の達人源頼政に怪物胎児を依頼する。頼政は先祖伝来の弓「雷上動」で見事、黒雲の中の怪物を打ち落とすのだがその死体を確認したところ、頭は猿、狸の胴体、前後の肢は虎、尻尾は蛇という異形だった。
祟りを恐れた人々によって鴨川に流されたというこの怪物はあくまで「鵺(鳥)の声でなく怪物」であり、当時は名前をそなえた存在ではなかった。
しかし、現在では「鵺」といえばコレ、というぐらいメジャーなデザインだ。たとえ、原典である「平家物語」に触れなくとも、ゲームや漫画、娯楽作品には幾度となく登場しているため、全く知らない人、見たこともない人のほうが少ないかもしれない。
「鵺」と類似した妖怪は他にも多く存在する
人間の頭部にのこぎりのような歯を生やした曲がった嘴を持ち、身体は蛇、広げると1丈6尺(4.8メートル)にもなる翼をもつ「以津真天(いつまで)」、死体から立ち込める気が凝り固まった妖怪で、青い焔を口から吐く人面鳥「陰摩羅鬼」、室町時代に出現した猫の頭部、鶏の胴体を持つ異形などだ。
他にも不吉な未来を予言するという人面の牛「くだん」、都市伝説に登場する「人面犬」なども、広義には「鵺」の一種と言えるかもしれない。
また海外に目を向けると、プリニウスの「博物誌」に掲載された、人面、サソリの尾を持つ異形の獅子「マンティコア」、ホメロスの長編叙事詩で語られたライオンの頭と山羊の胴体、竜の尻尾を持ち、口から火炎を吐く魔獣「キマイラ」が存在する。
どちらも人を喰らう危険極まりない怪物であり、とくに後者「キマイラ」は神々の王ゼウスですらも敗れた無敵の巨人「テュポーン」の息子であり、生物学における「キメラ」の語源となったことでも有名だ。
「鵺」の本質
これら異形に共通して言えるのは、不気味な見た目、驚異的な能力、得体の知れなさゆえに喚起される恐怖心だ。
それを裏返して言えば、人間は自らが理解できないもの、共感できないものには恐怖心、もっと言えば嫌悪感を、敵意を抱くようにできているのだろう。
「人間が人間であり、不可解なものに対する嫌悪が消えない」限り、どんなに時代は進もうとも「鵺」は姿を変え、名前を変え、我々人類につきまとい続けるに違いない。
そう、平安の昔、清涼殿上空に現れた黒雲のように。
featured image:Toriyama Sekien (鳥山石燕, Japanese, *1712, †1788), Public domain, via Wikimedia Commons
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