僕が小学3年生の頃の話。
給食を食べ終え、昼休みに校庭へ遊びに行こうとしたところ、担任の先生から呼び止められた。
「ご親戚の方が亡くなられたんだって、今からお母さんが迎えにくるから帰る準備して」
父は仕事の都合で後から合流するので、母が僕と兄を連れて実家へ向かった。
亡くなったのは母方の親戚で、30代の男性。
僕も兄も会ったことはなく、どんな人なのかも知らない。
当時の僕は、お葬式というものを理解していなかったが、学校を早退できること、普段なかなか会えない従兄弟たちに会えることが嬉しかったのを覚えている。
葬儀場へ着くと、予想どおり親戚の子供たちが集まっていた。
座敷を走り回り、夕方まで近くの公園へ遊んで楽しい時間を過ごした。
だが、その夜の出来事は今でも頂けない。
夜の葬儀場
退屈なお通夜が終わり、みんなで夕食を食べた。
翌朝から葬式ということで、僕たちを含めて何人かの親戚が葬儀場に泊まることになった。
子供たちは6畳ほどの小部屋に集められて雑魚寝をすることになったが、なかなか寝る気にはならない。
部屋にテレビはなく、当時はゲームやスマホももちろんない。娯楽が一切ない。
やがて年上の従兄弟たちは退屈し始めた。
そこで、じゃんけんで負けた者が罰ゲームをするという遊びが始まった。
一番年下の僕は格好の標的となり、負けるまで何度もじゃんけんが続き、最後には案の定、罰ゲーム役になった。
「部屋の外に出て30数えてこい」
場所が場所だけに、必死で嫌がったが年上の従兄たちは笑うばかり。
「お前が負けたんだから仕方ないだろ」
そう言われて反論は一切許されず、半ば追い出されるように小部屋を出た。
ただ今になって思えば、あれは遊びというより暇を持て余した年長者たちの気晴らしだったのだろう。
僕たちがいた小部屋は、葬儀場入口から真っ直ぐ進んだ先にあった。
左手には暗い通路が続き、通路の先には葬儀場があり、亡くなった叔父さんが安置されている。
通路の途中には2階へ続く階段があり、大人たちはその上の座敷で酒を飲んでいる。
倒れた机
僕は部屋の扉を背にして、数え始めた。
右を見ると非常口の緑色の灯りが見え、その先には葬儀場があるから、そちらを見ないよう必死。
左手には、大きな木製の机が壁に立て掛けられていた。
天板を壁側へ向け、太い脚がこちらを向いている。
「30、29、28…20…15…10…5…1」
早い口調で数える終わると、「聞こえねえよ!」と扉の向こうから笑い声と共にダメだしされた。
恐ろしくて涙が出そうなのを抑えて、今度はゆっくりと数える。
「30、29、28…27…26……」
熱気がこもった建物のなか、背中を汗が伝っていてヒンヤリする。
ようやく30数えおえた。
ダメだしされなかったので、「終わったよ!」と扉を開こうとした瞬間。
バターーーーーーン!!
背後で立て掛けられていた机が勢いよく倒れた。
耳をつんざくような大きな音に、僕は悲鳴を上げた。
扉を開けようとしても開かない。
さっきまで笑っていた従兄弟たちが、自分達まで怖くなったようでカギをかけたのだ。
「開けて! 開けて!」
必死に扉を叩いても開けてくれない。
廊下にうずくまって大泣きしていると、騒ぎを聞きつけた大人たちが駆け下りてきた。
事情を説明したが、「机が勝手に倒れるわけがない」と全否定。
それ以前に机は倒れていない、壁に立てかけられたまま。
くだらないイタズラしないで早く寝ろと怒られ、一人ずつげんこつされた。
怖さと痛さで泣きながら眠りについたのだ。
葬儀の日
翌朝になると、昨夜の恐怖が嘘のようだった。
朝日が差し込み、葬儀場は何の恐怖も感じない場所に戻っている。
夜の出来事は何だったのだろうと思いながら、退屈なお経にうつらうつらしていた時だった。
亡くなった叔父さんの娘さんが、天井へ向かって手を振っているのを目撃した。
葬儀が終わり帰り支度をしている最中も、娘さんは時折、誰かに手を振っている。
不思議に思った僕は声をかけた。
「どうしたの?」
すると娘さんは真面目な顔で答えた。
「お父さんがバイバイってしてたから、バイバイしたの!」
なんだかゾッとした。
昨日の音、娘さんの言葉、恐ろしい経験をした。
これにどんな関係があったのかは分からないし、机の音もなにかの偶然だったのかもしれないし、娘さんが見たものも子供特有の想像だったのかもしれない。
それでも、あの日を境に僕は幽霊というものを信じるようになった。
いや、信じるようになったというより、信じざるを得なくなったと言った方が正しいかもしれない。
それと従兄弟たちの性格が思った以上に悪いことも知った。
今も付き合い方は考えている。
※画像はイメージです。


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