何故かは分からないが、少し前ピラミッドがトレンドになっていた。
ピラミッドはオカルトネタの定番の1つであるし、折角なので採り上げてみよう。
そもそも、ピラミッドとは何の為の存在なのだろうか。
建材として再利用するとか墳墓とか権威の誇示とかの部分ではなく、オカルト装置としてのピラミッド、の話である。
オカルト装置は、実用性を期待されている
しばしば対極のものとして置かれがちだが、オカルトと科学は地続きで、隣接する存在である。
人が結果を求める様々な行動のうち、再現性があり説明可能なものが科学であり、それが欠けているものは、仮説段階の科学かオカルトだ。
従って、人がオカルトを根拠としながら、科学的に意味のある装置を作る事は往々にして存在する。
逆に、科学的根拠があると思いながら、オカルト装置を作っている事も数多存在する。
かつて、自然科学は哲学の一分野であり、経験や観察のみから帰納的に理論立てられるだけでなく、神話や概念も含めた主観から演繹される事も多かった。
このため、国家プロジェクトでオカルト装置を作ってしまった例は、珍しいものではない。
聖武天皇による奈良の大仏や国分寺の建立は、その代表的なもので、仏のオカルトパワーによって、荒廃する日本を立て直そうとした。
一方、全てがオカルト頼りだった訳ではなく、勘解由使を配置し、地方行政を監督する事で、行政の品質改善も図っている。
この点、オカルトとそれ以外がシームレスだ。
鎌倉時代「元寇は神風で撃退した」という説は、当時、戦勝を祈祷していた寺社が褒賞を目的とした「業務報告」として広まった要素が大きかった。
武士らの直接的な戦働きが省みられなかった訳ではない。褒賞が滞ったのは、オカルト偏重というより、防衛戦のため分配すべき利益(土地や略奪物)がなかったという理由による。
江戸の町は風水に従って設計されたとされるが、方角や土地の性質に合わせて設計する事は、科学的な合理も含む。
漢方薬は、陰陽五行説による説明が付けられ、オカルト以外の意味がない事もあるが、経験則で「効く」ものをピックアップしているため、科学的に有効な生薬が含まれる事もある。
科学は、それを理解出来ないものにとって、魔法と見分けが付かない。
科学という不純物がたっぷり混じったオカルトは、現在のそれより遥かに実在感を伴う存在であった事は言うまでもない。
では、ピラミッド作りはどんなオカルト効果が期待されたのだろうか。
ピラミッドとは
ピラミッドとは、四角錐の巨石建造物の総称である。
語源はギリシア語の「ピューラミス」とされ、これは三角形のパンであったという。
古代エジプト語では、ギザのピラミッドにヒエログリフで「△」の文字が当てられた。読みは「メル」、意味は「昇る」である。
南米などにも同様の建造物は存在するが、ここでは世界七不思議にもカウントされる、エジプトのギザの三大ピラミッドについて考える。
ギザの三大ピラミッドは、数あるピラミッドの中でも極めて綺麗な四角錐を保っている。
古代エジプト人がカジュアルにこのレベルのものを作っていた訳ではなく、失敗例や朽ちてしまったものも存在する。
従って、かなりの労力と慎重さを持って作り上げた、渾身の事業であった事は間違いない。
その目的は何であったのか?
ウィキペディアに列挙されるだけでも、王墓説、日時計説、天体観測施設説、穀物倉庫説、宗教儀式神殿説などがあるが、決定打はない。
そして、オカルト装置としての発想は、説に上がっていないようでもある。
ピラミッドの機能とは?

ギザの三大ピラミッドのうち、最大のものを作ったクフ王は、古代エジプト第4王朝時代(B.C.2500頃)の人物である。
王朝の最初期は、王は神と同一視され、主神であるハヤブサの神「ホルス」の化身とされた。
だが、古代エジプトには3000年の歴史があり、宗教も単一のものではない。
クフ王らの時代は、太陽神「ラー」の信仰が力を持っていた時代だ。
ラー信仰では、王はラーそのものではなく、息子という位置付けになっている。
権力者が神を名乗る事は、リスクを伴う。
圧倒的な力がある開祖は良いが、それを受け継ぐ子孫に、常に同様の能力があるとは限らない。このため、力を必要とせず人民を統制する「権威」に移行していく必要がある。
その過程で、王は少しずつ神から離れていった。
ラー信仰においては、王だけが死後に永遠の生命を得られ、天空を運行して暮らすとされる。
この考えに立てば、ピラミッドという上方向に伸びる建造物は、天空の王との接点に丁度良い。
だが、王1人を天に届けるために、わざわざピラミッドを作るというのは、非効率が過ぎる。
もっと具体的で、俗な御利益がある筈だ。
そういうものがなければ、大衆は動かない。
古代エジプト人民の需要
古代エジプト人は、どのような暮らしをしていただろうか。
古代エジプトは、ナイル川流域に文明が築かれた。ナイル川の氾濫によって運ばれる肥沃な土によって、輸出を可能とする程の絶大な農業生産が得られたという。
灌漑によって塩害が発生し、衰退していったメソポタミア文明とは対照的だ。
また、外敵が侵入する事はほとんどなく、城壁で街を守る、といった習慣はなかった。
ヨーロッパの蛮族の魔手から、地中海が守ってくれた訳だ。
これによって、国家運営に必要とされる労力は、大幅に節約できた。
ヒエログリフによる文字記録と、それを容易にするパピルスの発明も特徴的だ。
文字は決して王侯貴族の専売特許という訳ではなかった。
政権は安定期にあり、経済的にも豊かな時代で、これは第五王朝に引き継がれるまで続く。
すなわち、ピラミッドの建立に、奈良の大仏のような悲壮な目的はなさそうに見える。
ピラミッドの目的
だとしたら、ピラミッドは何を目的とする装置だったのだろう。
幸せなのに、何故労力をかけて装置を作ったのだろうか?
否、幸せだからこそ、ではなかろうか。
貧乏な時、日銭が稼げればホッとし、明日が迎えられる事を喜び、使い切る。だが、満ち足りた生活を手に入れた時、これが壊れないよう、明日、来月、1年後、10年後と、貯蓄をどんどん積んで、それでも不安になる。
安全マージンは、貯蓄に比例して増え、アキレスの亀の如く、これで良いという場所に辿り着かない。
当たり前だ、未来は分からないのだから。
この幸せを保つため、天に住まう、神となったかつての王達から、利益が得られないか。
そう考えて、高い建造物を建てるのは、自然の発想。
何しろ彼らにとって、神は架空の存在ではなく、血の繋がった先祖だ。
このような発想で、最初の階段ピラミッドを、第3王朝第2代のジョセル王が作ってみた。
高さ62メートル、クフ王のピラミッドの146メートルと比べると半分にも満たないささやかなものだ。
結果として、大きな災禍もなく、豊かな日々が続いた。何故かは分からないが、ともかくそうなった。
そこから100年以上の間、ジョセル王に倣い、ピラミッドが作られる。そして、やはり豊かな日々が続いていく。
ここに因果関係があるに違いない。他の未解明の科学同様、何故かは分からないが、今の幸せに結び付いている。そう考えたのではないか。
こうなると、ピラミッドは幸せを得る装置ではない。
むしろ、作らないと国が崩壊する、柱のようなものだ。
故に、前の王に見劣りしない、立派で豪華なピラミッドを建てようと、可能な限りコストを注ぎ込んだのではなかろうか。
実際、その後も2000年以上に渡り、古代エジプトは存続した。
めまぐるしく栄枯盛衰を繰り返す他地域の国家と比較するなら、ピラミッドはきちんと機能を「果たした」と言わざるをえまい。
ピラミッドがもたらす幸せの源流
こう考えると、現代人もピラミッドを作ってみると、何かしら幸せに結び付く可能性があるかも知れない。
もっとも、幸せをもたらしているのは、ピラミッドそのものではなく、その先にいる神となった王である可能性が高い。
そういった神々や祖先へのリスペクトなくピラミッドを作ったとしても、抜け殻に過ぎないだろう。
ピラミッドをこれから作ろうとする人は、その上の天空にあるものを、良く知るべきだろう。
少なくとも、後ろから見て喜ぶようなものではないのだ。


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