そこそこの市街に住んでいるせいか、救急車のサイレンを耳にする事が多い。
ところが、このサイレンに混じって、人の声が聞こえるようになった。
ドップラー効果か何かと思ったが、どうも人の声にしか聞こえない。
霊の1つも取り憑いているのだろうか?
サイレンは誰の声?
調べてみると、どうやら近年、騒音への苦情対策として「コンフォートサイレン」という音色が導入されたのだそうだ。音量基準を守りながら、和音を利用する事で耳障りにならないように工夫されているとの事。
このコンフォートサイレン音、間違いない。
同時に人の声がする。
自然の音は、複数の音程と音色を持つ音が混じった、混合波とでも言うべきものである。
そして、この混合された音の中で、周波数が重なる事で、波の大きい第三の波が発生する「倍音」という現象も起きる。
一方、単音は一本調子だ。
聴覚の検査などで「ピー」「ポー」といった音があるが、あんな感じの「無機質」と表現される音である。
人間は経験的に、単音を聞けば機械音、複合音は自然音と認識しやすい。
リズムにも差がある。自然音のリズムは不規則だ。サイレンのピーポー音のように、定期的な繰り返しにはなりにくい。
機械以外で、そういう音が巧みなのは人間の声である。
そういった要素が絡み、コンフォートサイレンの音が、人間の声に聞こえたようだ。
結論としては、霊の声が聞こえていた訳ではなく、単に声に似た特徴のある倍音が乗っていただけ。
――いや待て。
霊の声?
我々はそもそも、霊の声を聞いた事がないのではないか?
ラップ音は声なのか
心霊現象はしばしば人に観測出来る形で現れる。
写真に写る事もあるだろう。
人に憑依する事もある。
内面的な不調としても表れる。
だが、霊が人に話しかける事はあったろうか。
物語に出て来る幽霊の話ではなく、心霊現象の霊という文脈で、だ。
霊の発する音と言えば、ラップ音が有名だ。
フォックス姉妹のインチキもあったが、ここで共通するのは、霊が喋った訳ではない、という事だ。
音声として現れるのは憑依した時ばかりだ。
映像で姿を見せるのに、声は聞かせないというのも妙な話ではないか。
生きた人間なら、むしろ顔出しの方がNGになりやすい。
「物理的存在ではないから空気を振動させられない」というのであれば、姿が見える事も大概おかしい。
物理的に存在しないものに、光は反射しない。
霊自体が発光しているなら、エネルギーとしての実在がある。エネルギーは質量の1形態だ。
極めて強いエネルギーを持つ霊なら、囁き声程度の空気信号は作れるだろう。
それとも写真と声に、質的な差があるのだろうか?
時空の断絶
あるのだ。
絵画は空間芸術であり、文学や音楽は時間芸術であるという。
これが、写真と声の質的な差である。
この質的な差は、霊の滞在時間によって際立つ事になる。
霊が瞬間的にしかその場にいられない場合、姿は見せられるが、声は伝えられない。
声は、その場所に留まって音を出し続けなけれ、言葉として認識されない。
ラップ音は、「指や関節を鳴らす」「ノック」「棒を折る」など、瞬間的な音声として描写される。だから、霊でも伝えられる。
では何故、霊はすぐにいなくなってしまうのか。
用があってそこにいるなら、もっとゆっくりしていけば良い。
霊の方も、出来ればそうしたい気持ちはある。しないのではなく、出来ないのだ。
質量と霊
霊はしばしば、後ろが透ける存在として描写される。
重さが乏しく、物質的に希薄な、気体のような存在、という事である。
当たり前の話をしよう。
重さの無いものは、どうなるだろうか。
地球から振り落とされる。
地球上にあるものは、重力によって結びつけられている。
それが働かないなら、そこに留める何の力もない。
当初、霊に慣性が働いていても、地球は自転しながら太陽を公転するという、チューブの中を螺旋運動するような複合的な動きだ。等速運動の慣性で追いつける場所にいない。
では、霊にごく少量の質量があったらどうだろう。
それでも駄目だ。
その場合は、空気に浮かんでしまう。
良いだろう。
空気と同じ密度、これで大丈夫だ。
これで、良い感じにその場に漂う事が出来る。
だが、空気と同じ質量があるという事は、空気の動きに応じて動く。
つまり、風に流されてしまう。
動かないように重くなれば、地面に溜まってしまい、透ける要素が怪しくなってくる。
霊の心肺機能
お分かり頂けただろう。
霊はつまり、風に流されながらも、何とか全力疾走してあなたの近くに辿り着く。
そして、最適な距離になった瞬間を狙ってメッセージを残すのだ。
姿を見せようとするかも知れない。
何かを叩いて音を鳴らすかも知れない。
だが、悠長に喋って伝える間はない。
次の瞬間、また気まぐれの風か、他の何かの具合かで、遠くへ飛ばされてしまうかも知れないのだ。
仮に多少長く居られても、言葉になるかは怪しい。
息切れが止まらない時に、喋れるものではないだろう。
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