心霊写真の正体

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心霊写真と呼ばれるものには、さまざまな奇妙なモノが写り込んでいるものである。
私の体験をふまえて、心霊写真について考察していく。

目次

写真に映り込んだ怪異?

心霊写真は1970年代のオカルトブームをきっかけに、テレビの特番やオカルト雑誌で盛んに取り上げられ、多くの人に認知されるようになった。
1980年代になると、宜保愛子をはじめとする霊能者が各種メディアに登場して心霊写真の鑑定を行うようになり、その信憑性は増したといえる。

とりわけ当時の子供たちにとって、心霊写真は幽霊と並ぶ恐怖の象徴であった。
テレビや雑誌でそれを目にしたあと、夜に一人でトイレへ行けなくなったという記憶を持つ者も少なくない。筆者自身も例外ではなく、母に付き添ってもらい、その後は一緒に寝てもらったことすらある。

今更ながら心霊写真とは、本来そこに存在しないはずのモノが写り込んだとされる写真を指す。
顔のような影、人の形に見えるぼんやりした像、光の玉のなど、さまざな怪異が、学校の集合写真や卒業アルバム、旅行先での記念写真といった何気ない一枚の中に写り込んでいる。
もっとも身近に起こり得る、怪異であるがゆえに恐ろしい。

実際、幼い頃、神社の縁日で友人たちと撮影した写真に「手」のようなものが写り込んでいた。
友人の肩に、誰のものでもない手がはっきりと乗っていたのだ。
その場には写真を撮っていた父親以外に誰もおらず、背後には境内の森が広がっているだけ。
少なくとも、誰かの手が入り込む余地はなかったはず。
その場には写真を撮っていた父親以外に誰もおらず、背後には境内の森が広がっているだけだった。少なくとも、誰かの手が入り込む余地はなかったはずである。
しかも時間は真っ昼間であり、一般的な幽霊が活動する時間とも一致しない。

写真を見た父親は「たまたまそう見えるだけだ」と言ったが、当時の自分にはそうは思えなかった。
しばらくは恐ろしくて夜も眠れなかったが、やがて時間の経過とともに、写真のことは記憶から薄れていった。
だが先日、引っ越しのために自室を片付けていた際、あのときの写真がふいに出てきたのである。

心霊写真だったのだろうか?

改めてその写真を見返してみると、当時ほどの恐怖はなかった。
冷静に考えられるようになった今だからこそ、映り込んでいた「手」は何だったのかを考えてみる。

心霊写真といえば、幽霊の全身や顔が写ったものがポピュラーだと思う。
それにもかかわらず、なぜ「手」が写ることがあるのだろうか?
それは、日本において“手”が古くから特別な意味を持つ、部位として認識されてきたためだと考えられるのだ。

たとえば仏教では、祈りや神が人に加護を与えるといった行為は手を通して行われる。
能楽や歌舞伎などの古典芸能の世界においても、手の動きは感情や意志を表現する重要な要素とされている。言葉を発さず、手の所作だけで意味を伝える場面は少なくない。

こうした背景を踏まえると、「手」という部位は単なる身体の一部ではなく、人の意志や存在を象徴的に示すものとして認識されているとも考えられる。
「ここに居るよ」「私を忘れないで」と霊が生きている人に訴えかける手段として、心霊写真に「手だけ」が写るというのは、ある意味で自然なことなのかもしれない。

映り込んだの幽霊の手なのか?

子供の頃の自分であれば、この理屈だけで間違いなく心霊写真だと思ったであろう。
しかし、大人になった自分にとって、素直にそうだとは結論ずける事はできない。
心霊写真そのものが、勘違いである可能性を考慮してしまう。

人間の脳は、意味のない逆三角形に並ぶ単なる点からでも、顔と認識してしまう事があるのだ。
すると、もっと単純な形の手であれば、無意識に”手”として認識されることもあり得る。

そもそも写真は光の情報を記録する装置であり、その過程ではさまざまな偶然が入り込む。
特にフィルム時代においては、露光のズレやシャッター速度の不足によるブレ、被写体の動き、さらには現像過程での傷や埃の混入などにより、本来とは異なる像が記録されることは珍しくなかった。
加えて、現在のようにカメラが画像を補正する事はないので、意図しない二重露光なども発生し得る。

問題の写真を見返すと、それは光の筋やブレとして解釈する事もできる。
霊的な存在が写り込んだというよりも、複数の偶然が重なった結果、人間の手のような形に見えたと考える方が合理的であろう。

実際、心霊写真が映り込んだ当事者に不幸な出来事が起きることがあるというが、肩に手が乗っていた友人は現在も健在であり、どこも異常は確認されていない。
出てきた心霊写真を見せても懐かしいぐらいの反応しかなく、お互いに大人になった事を確信する。
それと共に少し淋しい気持ちを感じた。

心霊写真はウソ

写真は現実をそのまま記録するものだという認識が一般に強い。
そのために説明のつかない形が写り込むと、人はそこに意味を見出そうとする生き物なのだ。
心霊写真とは、心霊写真は写真の中に潜む怪異ではなく、人間の認識が作り出した錯覚の一種なのだろう。

だがしかし、すべての事例が完全に解明されているわけではない。
過去から現在に至るまで、明るみに出ないものの含めるとおびただしい数の心霊写真が存在する。
本物かどうかを確実に判断する事はできないが、中には”本物”が混じっている可能性は否定できない。

※画像はイメージです。

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