小学生だった私はある首都圏の外れ、地元の人も「ここはXXじゃないから」という場所に住んでいました。
山や湖が身近にあり、今の学校とは違って教室にクーラーがなくても夏場は窓をあけるだけで十分で、時々入ってくる虫に大騒ぎする。
そんな平和な田舎の話。
ちょっと変わり者で人気者A先生
あの頃、特に親しみを感じていた先生がいました。
20代前半の理科担当のA先生で、白衣がよく似合い、穏やかな話し方と楽しいトークで、生徒たちからの人気も高かったのを覚えています。
動物の話が大好きだった私は、授業の合間や放課後に理科室へ足を運ぶのが楽しみでした。
A先生はいつも楽しそうに聞かせてくれて、親しみやすさと知識の深さに子供ながら感心させられるばかりで、「優しくて面白い」という言葉がぴったりの人です。
そんなA先生ですが、少し変わり者でほとんど他の先生と話をせず、むしろ避けているような様子。
他の先生と話したがらないというか、どうも他の先生からもA先生の話を聞かないあたり、本当に人付き合いが苦手なんだろうと思っていました。
とはいえ、こうした先生は時折いるもので、それ自体は特に問題ではありません。
ただ、A先生は職員室にほとんど顔を出さず、打ち合わせも避けるため、授業で扱っていない範囲を勝手に進めてしまうので、他のクラスと差が出てしまうことがありました。
それでも先生方は先生の性格を理解しているのか、特に強く指摘することはなかったようです。
生徒たちも、そんな事情を知っていたのですが、授業が面白かったこともあり、特に不満を抱くことはありませんでした。
私は特に先生と仲が良かったので、先生がお弁当を食べている時に、少しだけ他の先生たちのことを聞いてみました。すると、「どうも性格が合わなくて辛い」と話してくれました。
どうやら、他の先生たちと関わりたくないため、職員室ではなくわざわざ理科室でご飯を食べているのだとか。話を聞いて、当時の私は「本当に人付き合いが苦手な人っているんだな」と思ったのを覚えています。
A先生の気持ちは、今考えると少し切ないものがありましたが、ただ単純に驚いていました。それでも、授業の面白さや、先生の人柄に触れるたび、少しずつ理解できる部分も増えていったように感じます。
春休み明けの出来事
学年が上がった日、始業式が終わり、春休みの間に会えなかった分、いつも以上にウキウキしながら理科室に向かう途中、廊下で校長先生にばったり会いました。
50代後半で恰幅の良い校長先生は、生徒たちから「魔神」と呼ばれていましたが、は生徒思いの優しい先生です。
挨拶だけのつもりが、「春休みはどうしていたの?」と声をかけられ、宿題のことや校庭のジャングルジムから落ちた話など、本当に他愛のない立ち話が始まり、ふと気になっていたA先生のことを聞いてみたのです。
「授業ではあんなに快活なのに、先生方とは絡もうとせず、むしろ避けているのは何でなんでしょうね?」
その瞬間、校長先生の顔がみるみる青ざめてきて、A先生ついて事を聞いてきます。
私は校長先生なのになんにも知らないんだなと思いながら、知っている範囲でA先生の事を話すと、校長先生はしばらく黙り込み、深く考え込むような表情を浮かべました。
そして、しばらくの沈黙の後、校長先生は私にこう言いました。
「君は、あまりA先生に深入りしない方がいい、もう帰りなさい」
断固たる声と緊張感に押され何が何だか分からない、けれど怖くなって家へ帰りました。
A先生は先生?
その日に夕方、翌日校長先生から親に電話があり、予想外の事実を知ったのです。
A先生は50代で、確かに理科の担当だが病気でずっと休職していて、つまり、20代の男はA先生とは別人。
私と話した後、校長先生は事情を聞こうと理科室へいくと、その事を察したのか、20代の男は逃走したので、警察に相談している。
ただ、職員室にも身元に繋がる私物が無く、顔を覚えている先生もいないため見つけるのは難しいこと。
そしてなにより、向こうはこちらの顔を覚えており、通学路などでも絶対に単独行動しては行けないというのです。
次の日、学校でA先生についての朝礼が行われました。
何が目的で先生をしていたのか解らないから、誘拐や暴行されるかもしれないので生徒は注意して行動するようにと言い渡され、通学路には先生や父兄の方が立って見張りをするという大騒動になったのです。
それから
結局、あの男が捕まることはありませんでした。
あの優しく穏やかな人が、なぜ嘘をついて先生をしていたのか今でも解りません。
もし捕まっていれば、この話も何かしらの結末を迎えられたのですが現実は違います。
私達は運が良かっただけで、もしかしたら事件に巻き込まれ、命を失ってしまう事だってあるでしょう。
皆さんも、身近な人だからといって油断しないでください。
その人が本当に「身近な存在」なのか、私たちには分からないこともあるのですから。
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