今頃の話題に丁度良い妖怪はないか探していたところ、「狂骨」に行き当たった。
近年ヒットした劇場アニメ『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』などにも出ている妖怪であり、名前も何となく聞いた事があるが、実際にはどういうものかあまり呑み込めていない。
そもそも、何故「秋」にカテゴライズされたかも良く分からない。
という事で、調べてみる事にした。
狂骨とは
狂骨は「江戸の水木しげる」こと、鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』に描かれた妖怪である。
「骨」と言っているが、同書の挿絵では顔が僅かに骨っぽく見える他は、白い衣の幽霊のような姿だ。
井戸の釣瓶から、ゆらりと立ち上がったような姿勢なので、これは水を汲もうとした時に、一緒に上がって来たイメージだろう。そして、背景には秋の七草の1つ、ススキが配置されている。
なるほど、このススキからの連想で、秋の妖怪という事になったらしい。
解説文によると「狂骨は井中の白骨なり 世の諺に 甚しき事をきやうこつといふも このうらみのはなはなだしきよりいふならん」とある。
意訳するなら「井戸の中の白骨」で、恨みが特に強いものを指すらしい。
「甚だしき事をきやうこつという」
という一節は、津久井郡の方言「キョーコツナイ」を根拠とする説が有力だが、はっきりした定説はない。
『番町皿屋敷』に知られる、皿を割った罪で殺され井戸に投げ込まれたお菊が丁度これに当てはまる筈だが、鳥山石燕はこれに結びつけてはいない。
あくまでガイコツの姿で登場するものに限る、という事だろうか。
どこが「狂っている」?
さて、狂骨発生のメカニズムとは、どういったものだろう。
鳥山石燕は、完全な創作もやらかすが、ここは1つ、元になる物事が存在したという前提で考えてみよう。
井戸の中に骨が捨てられた際、恨みがこもって化けて出る、妖怪というより幽霊そのもののようだ。
骨の部分はそれで分かるが、「狂」の部分はどう解釈すべきだろうか。
狂の文字が意味するところは、「狂う」、「狂ったように熱中する」、「こっけい、おどける様子」。
文字の成り立ちは、「犬」と音符の「王(ワウ)」から成るようで、荒れて手に負えない犬を意味するとの事だ。
ここから分かるのは、骨の主が強い恨みを抱いて怒り狂っているという状態なのだが、先の鳥山石燕の絵は、どうにものんびりしている。
秋の草の中で、ぬぼっと立っているだけで、恨んだり襲ったりという感じがない。
現象としての「狂」
これは幽霊としての外見より、実害によるものではないだろうか。
とある井戸の水を飲むと、疫病に倒れ、家族までもを死なせてしまう。
そんな現象があったとして、被害を広げつつようやく井戸が起点であると判明する。
原因究明のため、井戸の中をさらってみると、骨が発見される。
これを、井戸に投げ込まれた者の怨念、化けて出た怒り狂いたる骨の仕業、そう考えれば納得しやすい。
静かに忍び寄る病という図式は、鳥山石燕の絵のイメージとも合う。
腐敗によって汚染された水による感染症も、菌類の存在を知らない時代なら、呪いや妖怪の類と解釈しておかしい事はない。
西洋に長く根付いた瘴気のような概念と言っても良い。

井戸から骨が出る時代
だが、大前提として、井戸にそんなに死体が投げ込まれる事は多いのだろうか。
常時ならあり得ない事だろう。
井戸は作成にも大きな労力を必要とする財産だ。
それが、汚染されて使えなくなるのであるから、共同体最大のタブーと言って良い。
だが非常時なら?
戦乱の世に、隣国から攻め込まれ、かなわず撤退する際、いわゆる「焦土作戦」として城などの井戸を汚しておく戦法が考えられる。毒を入れる手もあるが、死体を1つ放り込んでおく方がずっと手間が少ない。
上手く疫病が発生してくれれば、強力な足止めにもなる。もっと大規模な被害が出れば、捲土重来、再起の足がかりにもなる。
この要領で、死体が投げ込まれた井戸というのは、戦国時代には決して珍しいものではなかったのではなかろうか。
そして、江戸の平和な時代に入ってから井戸の手入れをした際に、いつとも知れぬ骨を見て、肝を冷やす事もあったのではないか。
無論、それは必ずしも人間のそれではなく、うっかり紛れ混み、出られなくなったネズミや犬猫の類という事もあろう。井戸の深く暗い底に死体を想像し、それに気付かず水を飲み、命を落とす事への恐怖心は、当時の人々の中に、ごく自然に根付いていたのではなかろうか。
これらのイメージは、狂骨の顔があくまで「骨」である事にも結び付く。
何しろ、当たり前に使っていた井戸から発見される死体は、悉く白骨化しているからだ。
仄暗い井戸の中には
現代人の我々にとってさえ、深く暗い井戸は、想像力をかきたてる。
狂骨以外にも色々な恐ろしげなものが入り込んでいると考えられる。
怪談は夏のものというイメージがあるが、秋の夜長こそ、そういった妖怪の話にしみじみと触れて、考えてみるのも良いだろう。
featured image:Toriyama Sekien (鳥山石燕, Japanese, *1712, †1788), Public domain, via Wikimedia Commons
※画像はイメージです。


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