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要りませんか?

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コーナーの人参に、三本六十円の値札が付いていた。この人参は日持ちすると思った。その中の不揃いの人参は除外して品定めをしていると、
「袋要りませんか?」
見知らぬ女性から声を掛けられた。思わず面を上げて顔を見ると、二十歳前半のおぼこい顔をした優しそうな顔をしていた。しかし、巷で言う美人ではなかった。強いて言えば、若さと優しさが顔から零れていた。然も、着用していたワンピースは、Uniqloで売られている安価な品物だった。
しかし、質素な出で立ちが、不思議と彼女を引き立てていた。それは着衣からではないように思われた。彼女から自然に漂う人柄が、その様に思わせていた。

「イヤ! 有り難いけど結構ですよ」

即座に断ったが、後期高齢者の私は、年甲斐も無くほのかな喜びを感じていた。外孫も居たが、私も男だった。若い女性と僅かだが、数秒会話が出来た事が、気分が良かった。これが中年の女性では、この様な気分にはなれなかった。
その後は何も無く彼女と別れたが、私の心の片隅に、彼女のあどけなさを残した優しい笑顔が、何時までも残っていた。

一週間後、台所は新築当時以上に蘇った。
改装された台所は、妻以上に美しさを私達に表現していた。
「高くついたのだから汚すなよ!」
「本当に良かった。使用するのが勿体ないワ。このまま飾っておきたい」
妻は感無量だったが、私は百五十万円以上の改装費を出していた。妻のように喜びも感激も無かった。然も、年金の一部を負担すると言っていた妻は一銭も出さ無かった。何処吹く風のように、素知らぬ顔を見せていた。

ある日、平然としている妻に、とうとう我慢の緒が切れた。
「オイ、年金を出すと言っていたが、何時返してくれるのだ」
有るだけの勇気を振り絞って言った。
「何の事? あなたが何を言っているのか私には判りませんけど」
素知らぬ顔で、言われてしまった。馬脚を現した妻に怒りさえ湧いたが、口が裂けてもこれ以上言う勇気は無かった。又、改装を終えたその日から、妻の笑顔が見られるようになった。多額のお金は痛かったが、最高の宝を得たような気分になった。しかし、どれ程綺麗事を言っても百五十万円以上の出費は、この不況の世の中では痛かった。

「あなた! 菠薐草が六十八円ですって。買いに行って来てよ!」
朝食を終えて、くつろいでいる所にチラシを見ていた妻の雷のような大きな声が、台所から聞こえた。
「何処の店だ?」
「格安で有名なあのスーパーですよ」
一瞬、あの時の彼女の優しそうな顔が浮かび上がった。年甲斐も無く、再び会えるかも知れないと、ほのかな期待を持ってしまった。
「昼前で良かったら行ってくる」

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