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要りませんか?

恐ろしい顔で、私を睨め付けるように言った。
「豚にダイヤ!」
「あんた! 私に喧嘩を売っているの! あんたがその様な事を言うのであれば、あんたの寝床は一階にして貰います」
「冗談が通じない奴だ。お前は、台所にどれ程使ったの判っていないのか? 贅沢は出来ないのが判らないのか? これからは、暫く節約をせねば。それよりお前の年金は何時、融図してくれるのかね? ヒョッとして忘れているのかね」

「アラッ、何の事かしら。私が何か約束でもしました?」
再び素知らぬ顔をしていたが、結婚して四十年もなるが、これまで妻は約束を守った記憶は無い。しかし、心の中では、溜め込んだ妻の財産はどれ程かと計算していた。絶対、その金は私が戴くのだと心の中では、決めていた。

それぞれの思いを乗せて、車はスーパーへ向かって走り出した。車中の妻は、後少しで長年の夢が適うと思うと、子供のようにはしゃいでいた。たかが烏賊を買う為に、これ程はしゃぐ妻に驚いたが、見て見ぬ振りをしていた。然も、子供のような無邪気な姿に、声を無くしてしまった。
「白烏賊の売り場はどの辺り?」
到着するなり妻は急き立てた。
「右側の奥の特売コーナーの横だ」
烏賊が逃げるわけも無かった。しかし、早足で妻は奥に消えさった。後から追いかけるように私が店内に入った時、
「袋要りませんか?」

聞き覚えの有る声に振り向くと、笑顔一杯溜めたあの時の彼女だった。然も、今日もUniqloのワンピースを着用していた。余程気に入っているのかと思ったが、若い女性にしては不自然な出で立ちだった。
「アッ! 君か! 久し振りだね。会えて良かった」
念願の彼女に会えた私は、嬉しさの余り顔を崩してしまった。
「袋要りませんか?」
この時も、彼女は笑みを浮かべて再び言った。その笑顔は、無垢のように汚れの無い素晴らしい笑顔だった。
「今日も要りませんが、お嬢さんは何を買いに来ましたの?」

自分の気持を悟られないように、平静を装っていた。だが、心は恋する青年のように踊り、心臓は大きな音を立てていた。
「家族の為に、安売り目当てに買い出しですけど」
しかし、彼女が私に親しく会話をしてくるのが不思議だった。もしかして、高齢者の私をからかっているのかと思ったが、彼女の笑顔からその様な雑念など感じなかった。私の思い過ごしだろうと思っていた。

然も、一瞬でもその様な事を持った私は、顔が赤面した。歳を重ねると、猜疑心が沸き、素直になれない自分が恥ずかしかった。自分の心が汚れているのが、これ程辛く感じたのが惨めだった。
「あなた!・・・あなた!」
奥から妻が、大きな声で私を呼んだ。
「御免なさい。今日、歳取った鬼嫁と買い物に来ていますので、これで失礼します」
「奥様の事をその様に言って・・・・聞こえば、大変な事になりますよ」
彼女は笑いながら言ったが、その笑顔が何とも素敵な顔だった。

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